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長州力

長州力 Riki Choshu

プロレス

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*1年間の限定視聴です。
*ストリーミングのみのご提供です。

 専修大学時代にレスリングで活躍し、1972年ミュンヘンオリンピックに出場。
 1974年8月8日、アントニオ猪木率いる新日本プロレスにて東京・日大講堂におけるエル・グレコ戦で本名の吉田光雄でデビューし、サソリ固めで勝利をおさめる。ファン公募により「長州力」に改名するも、しばらく地味な中堅レスラーであったが1982年、遠征先のメキシコから帰国後に突然新日本プロレスに反旗を翻し、当時、猪木に次ぐスター選手であった藤波辰巳(現・辰爾)との抗争に発展。この藤波との一連の闘いは「名勝負数え歌」と称され日本中が熱狂し、史上空前のプロレスブームが巻き起こった。
 そんな熱狂の中で1983年にマサ斉藤らと革命軍団を結成、その後はアニマル浜口らも合流し維新軍団として絶大な人気を誇った。1984年に新日本プロレスを電撃退団。同年12月に自らジャパン・プロレスを旗揚げし、全日本プロレス/日本テレビに主戦場を移す。
 1987年5月、新日本プロレスへ復帰。90年代にはプロデューサーとしても手腕を発揮。全国ドームツアー成功、東京ドーム観客動員記録樹立(当時)など新日本プロレス黄金時代を牽引した。
 1998年1月4日、東京ドーム大会において惜しまれつつ現役引退するも2000年7月30日、大仁田厚からの度重なる挑発を受けて有刺鉄線電流爆破マッチで現役復帰。2003年3月にWJプロレスを旗揚げするも、わずか1年で崩壊。その後、再び新日本プロレスへ電撃Uターン参戦しファンを驚かせた。
 2010年1月より藤波辰爾、初代タイガーマスクらと共に「LEGEND THE PRO-WRESTLING」をスタートさせ、今に続くプロレスレジェンドブームを作った。2018年より自身のプロデュースイベント「POWER HALL」がスタート。
 2019年6月26日、東京・後楽園ホールにて45年のプロレス人生に幕を下ろした。

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